文化学園大学紫友会(同窓会)
紫友会報 2015年44号掲載
私と織の最初の出会いは文化の工芸の授業でした(その時織ったサンプルは現在も手元にあります)。
文化を卒業後OLとして働いていた1976年、東京国立近代美術館で「今日の造形(織)—ヨーロッパと日本—」を観ました。ああ…これだという思い、ファイバーアートとの出会いでもありました。
翌年京都の川島テキスタイルスクールに入学、本格的に織を学びました。
この年に京都国立近代美術館で「今日の造形(織)—アメリカと日本—」も開催されファイバーアートとの蜜月を過ごしました。尊敬できる恩師、作家、研究家との出会い、京都での3年間が私を育ててくれました。
「何故創る—糸と布で—」。この問いを発し、自主公開講座を開催していた、美術研究家加藤玖仁子さんが札幌在住であることも私にとって大きな励みとなりました。
1979年に北海道へ戻り活動を開始、制作と織の指導の2本立てでやってきました。織の指導は自宅教室、文化センター、北海道文化服装専門学校で現在まで続いています。自宅と文化センターの生徒さんは長年熱心に織っています。レベルも高く、中には作家として活躍している方もおられ、私も大いに学ぶ心を刺激されています。専門学校では若い生徒達にエネルギーをもらっています。指導のための学びが制作の力になっていると思います。
作品の発表はグループ展にも参加しておりますが、大切にしているのは1991年から隔年で開催している個展です。初めての個展の作品が、ポーランドでの第7回国際テキスタイル・トリエンナーレ(1992年)推薦されたことはとてもうれしい出来事でした。
今年10回目の個展を開催いたしました。テーマは「巣穴へ帰る」。
作品は2011年の個展「毳のある巣穴」(ギャラリーKAMOKAMO・札幌市)と昨年の4人展の「4つのDays」(ギャラリー門馬・札幌市)の展開です。
今年は夏にもう一度個展が予定されていますが、このテーマで創りたいと思っています。さてさて、また織り始めることにしますね。
織物の歴史は紀元前4500年から現在まで続いていて、知れば知るほど新しい発見があります。織物は人の人生とのかかわりも深く産着から死に装束まで身近な存在です。
おかげで飽きることがありません。飽きることのないこの仕事に巡り合えて心から感謝しています。日常を通して織作家でいたい、これが私の願望です。
2015年1月記
加藤 祐子